総義歯臨床におけるボーダーロックトレーの利点

 大前歯科医院 O-MAE DENTAL OFFICE

(株)ヨシダ「Dental Products News」2004年7月号への寄稿論文(完全版)

平成16年4月26日

総義歯臨床におけるボーダーロックトレーの利点

大前歯科医院 大前 太美雄

総義歯の臨床にあたっては、問診、適切な診査・診断が必要なのは言うまでもないが、義歯製作のまず最初にアルジネート印象材によりスナップ印象、あるいは義歯製作のための本印象を行うことが多いと思うが、今回、(株)ヨシダより、シュライネマーカートレーに新たにラインナップされたプラスチック製のボーダーロックトレーが発売され、臨床上非常にすぐれた特徴を備えているので報告したい。

印象採得の際、患者さまを座位でとるか、水平位でとるか、あるいは背板を45°に倒して行うかは術者によって意見の分かれるところではある。
筆者は、「印象採得時に印象材の周り具合を目視したい」という事と、「アルジネート印象材の初期硬化時の変形を防ぐ」ため、それこそ息をこらえ微動だにせずトレーを保持するという目的で、主に水平位での印象採得を行っている。

従来のシュライネマーカートレーの場合、トレー自体の重さが結構あり、アルジネート印象材がまだ柔らかい硬化初期の段階でのトレーの保持が難しい場合があった。
特に下顎の骨吸収が大きいケースでは、硬化初期にトレーごと遠心に移動することを防げず、トレーの柄の部分を摘んで移動防止をはからなければいけないことが多かった。
この行為は無圧、あるいは均圧状態で印象採得を行いたい場合に、思わぬエラーを起こす危険が潜んでいる。

例えば、患者さまが下顎を動かしたとき、柄の部分を持って保持していた場合、印象材にはあたかも術者が印象中にトレーを押したり緩めたりしているのと同じ変形の原因を作る圧力が加わる。
また、柄の部分を保持することにより、てこの原理が働き、柄の部分でのかすかな動きが意外とトレー全体では大きな揺れの動きになっている。

そこで、新しくラインナップされたボーダーロックトレーを用いると、以上の問題点が見事に解決できる。

ボーダーロックトレーは手に取ってみると驚くほど軽く、それがまさにプラスチック製というより間違えば紙ではないかと思うほど軽量である。
しかし、ボーダーロックトレー同士でカチカチとたたいてみると、まるで備長炭のように澄んだキーンキーンとした音色を奏でるから驚きである。
この音からして、かなり密度の大きい、そして均質な素材であることと、それが堅牢であることがうかがい知れる。

さて、この軽いという利点により、筆者の様に水平位で印象採得を行う際、トレーごと遠心に移動するということは全くなく、「まるでトレーがアルジネート印象材に乗っている」という表現でしか表せない程である。

また、このことは次なるメリットを生み出した。
それは、印象採得時に舌が運動する方や嘔吐反射が激しいケースを除いて、「アルジネート印象材が硬化を始めた早い時期に、トレーをホールドする指の力を、全くといっていいほど抜くことができるようになった。」ということである。

アルジネート印象材は歯牙の印象あるいは金属床の印象などの際、多少のアンダーカットが存在していても精密な印象が可能なすばらしい印象材であることは、周知の事実である。
ということは、印象採得のどのステップで大きなエラーが生じる可能性があるかと言えば、筆者は「アルジネート印象材硬化時に加わった力による、アルジネート印象材の永久変形」と思っている。

そのため、前述したようにアルジネート印象による印象採得時は、息をこらえ、トレーを保持する手も微動だにせず、ただひたすら硬化を待つのである。
このステップでトレーが軽量であるがゆえ、トレーへかかっている手圧をほぼゼロにできるということは、アルジネート印象の持っている材料特性を十二分に生かすことができるということである。

また、従来の金属製のシュライネマーカートレーの場合、印象採得の初めの段階でフィンガーレスト等に印象材が付着しているとヌルヌルと指が滑り、思った方向にトレーを圧接することが困難な場合があったが、ボーダーロックトレーの場合、表面が適度に粗造(信楽焼のよう)のため印象材が付着していても指が滑ることもなく、思った方向に圧接できるため非常に使い勝手がよい。

ここで、表面性状が適度に粗造のために有する利点を他にもあげると、もちろんボーダーロックトレーは既成のトレーであるからジャストフィットしない場合もある。
その場合ユーティリティーワックスなどで、トレーの修正を行う必要があるが、従来の金属製のシュライネマーカートレーの場合ユーティリティーワックスをトレーに付け、口腔内に試適し、またユーティリティーワックスを付けてと何度も繰り返す内に、ユーティリティーワックスがトレーから剥がれ、手間がかかる場合もあった。

しかしボーダーロックトレーの場合、ユーティリティーワックスの付きが良く、剥がれにくいため本操作が容易である。
加えてアルジネート印象材がトレーに適度に付着してくれるため、口腔内から硬化後のアルジネート印象を撤去する際のトレーとアルジネート印象材の剥離を防止し、印象採得時のエラーを少なくしている。

また、ユーティリティーワックスにてトレーを修正する際、もちろんトレーをエアーにて乾燥するのだが、その際も、水分が残ってウエットな部分と水分が飛んでドライな部分とが明確に判断でき、これもユーティリティーワックスがトレーから剥がれにくくしている良い原因かもしれない。

他に特記すべき特徴として、従来のシュライネマーカートレーにない特徴として、素材がプラスチックということによる大きなメリットがある。
それは、「カーボランダムポイント等で、トレーを削ることが可能」ということである。

金属製のシュライネマーカートレーを、筆者は患者さまの口腔内に合わせて削った事がある。
しかし、この作業は困難を極め、思うようにトレーを加工することができなかった。
その点ボーダーロックトレーは、いとも簡単にトレーを削って加工することができる。
このことはトレーの適合の問題のみならず、フラビーガムなどの場合に同部に相当するトレーの部分をえぐり取る。

また、保持孔を追加する。トポロジーの悪い顎堤にフィットさせる。など、要するに術者の思うようにトレーを加工することができる。

次に、口腔内の状態を記録した印象面であるが、小帯が非常に綺麗に採得されている。
解剖学的によく設計されたトレーだと感心する次第であるが、ほとんどの患者さまの小帯の位置が見事に印象されている。
咬むことはもちろん、口腔内に入れておけないというような義歯の失敗の原因は、印象の正確さもさることながら、技工作業に必要な情報が、きちんと歯科技工士に伝わっているか、患者さまのお口の状態や情報を印象採得により記録し、そして、石膏模型を作成した際、石膏模型から歯科技工士に必要な情報が伝わるような石膏模型になっているか否かの要素が大きい。

要するに、印象採得に情報を印象材に記録し、その情報を石膏模型に込める訳である。
口腔内の情報の内、特に義歯の設計に重要な可動部分の情報は可動部分も可動しない石膏模型として歯科技工士に手渡す以上、歯科医師は細心の注意を払い印象採得に時に神経を使いたい。
そのように責任重大な印象採得も、ボーダーロックトレーを用いると、いとも簡単に必要十分な情報が印象される。その際、注意することはトレーの選択である。

もっとも口腔内に適したトレーを選択するには、附属のコンパスの様なキャリパーを使用すると判断がしやすい。
トレー選択のコツはアルジネート印象材の厚みを確保するためトレー試適の際に、トレーが少し自由に左右の遊びがあることをチェックするように心がけると印象の失敗が少ない。
トレーが顎堤に合っていると、アルジネート印象材は必要最小限でいいので、口腔内がアルジネート印象材でいっぱいになる等により、頬粘膜あるいは咬筋等が伸展していたりして、自然な印象が採得できないようなこともなく、周囲の筋肉が弛緩した状態での印象採得が可能である。

もし窮屈な適合の悪いトレーで印象採得を行った場合、印象採得時の痛みにより周囲の筋肉が緊張し、自然な印象が採得できなかったり、筋肉によりトレーが動かされ印象の変形の原因となる。
また、必要最小限のアルジネート印象材をトレーに盛りつけることにより、口腔内へのトレーの挿入が容易になり患者さまへの苦痛が少ないし、アルジネート印象材の練和も容易である。

以上のように、非常に特色のあるボーダーロックトレーであるが、従来より販売されているシュライネマーカートレーより、かなり安価に購入することができる。
そのためボーダーロックトレーの導入はもちろん、よく使う大きさのトレーを複数用意しておくなど、コスト的にも、臨床家としては納得できるトレーである

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